日本の国土は南北約3,000kmに及び、南の亜熱帯から北の亜寒帯まで、海岸の低地から高山帯まで多様な環境を有し、約7,500種の陸上植物(被子植物5,016種、裸子植物46種、シダ植物623種、コケ植物1,766種)が様々な植生を構成している(加藤2011・清水2014)。
これらの多種多様な植物の分布を決める要因には、水分・温度・光環境・土壌栄養分・種間関係(植物間、植物以外の生物との関係)などがあるが、個々の種はそれぞれの特性(種の誕生から長い歴史を経て形成されてきた生理・生態系特性や生活様式)に応じて環境の変化に対応しつつ、分布を拡大したり、縮小・分断化させたりする(清水2014)。
多雪地帯の苗場山麓とその気候
世界には5つの気候帯がありそれぞれ、熱帯・亜熱帯・温帯・亜寒帯・寒帯の5つに分類される。日本列島は南北に長く、気候区分は亜寒帯から亜熱帯まで属している。本州の大部分は温帯に属し、さらに暖温帯と冷温帯に分けられる。
気候帯は大まかな分類で、細かく分けた気候区分があり、津南町は北陸地方の特徴である、日本海側気候に分類される。栄村も日本海側気候のように冬は多雪地帯となり、津南町同様に3m~4mも積もる。
植物の分布は年平均気温や年降水量などの気候的要因によって成長限界が規定されている。2022年の年平均気温は11.2℃で、2月に最低-11.6℃、8月に最高35.2℃を記録し、年較差は40℃を超える。
関東と北陸以南の低地にはタブノキやスダジイなどを主とする常葉広葉樹林が分布し、暖温帯常緑広葉樹林に区分されている。中部以北は、ブナ、ミズナラを主とする落葉広葉樹林が分布し、中でも苗場山麓は冷温帯落葉広葉樹林帯に属している。冷温帯落葉広葉樹林帯と日本海側気候帯の範囲はほぼ重なる。多雪の環境に適応したユキツバキ、ヒメアオキ、ハイイヌガヤなどの常緑低木や、コシノカンアオイ、スミレサイシンなどを指標とする、日本海側に特徴的な草本が数多く生育している。特に千曲川・信濃川左岸に連なる関田山脈はそれが顕著である。
苗場山麓には、レッドデータブックに掲載されるほどとても貴重な生物もいる。このような多様な動植物を育んできた理由として、以下の3つが考えられる。
①多雪地帯であること。
②大きな標高差があること。
③湧水による豊富な水量があること。
これら3つの要因によって、現在の自然環境があると考えられる。
縄文時代の胎動期は、寒冷な地球環境が温暖化し、氷河(氷)が急速に融解するとともに、海水面が上昇した。この海水面上昇により湖のようであった日本海に温かい対馬暖流が流れ込み(約9,300年前)、北極前線が北に移動し、新たに梅雨前線が南西から北東へ日本列島をなめるように移動するようになった。その結果、現在のような多量な降雨と多雪化が生じ、湿潤な気候環境が整った。こうした環境変動とともに、列島東北部は「ブナ林など落葉広葉樹が卓越する植生帯が形成され、大陸側には見られない固有の生態系が成立した」と考えられている。この対馬海流の流れ込みを背景とする多雪化現象は、今から約9,300年前(縄文時代早期)に始まったと考えられている。おそらくこの頃より徐々に積雪は増え、津南町は現在、全国有数の深雪地帯となり、半年近く雪に埋もれている。年間降水量は約2,500mmを超えるが、12月、1月、2月が特に多く、年間降水量の約40%は冬期間が占め、そのほとんどが降雪となる。雪が植物に与える影響はとても大きく、また、雪解け水による豊富な水資源によって動植物や地場産業を支えている。
栄村を過ぎて南に行くにしたがい、積雪量は減少していく。苗場山麓は、積雪量が多い地域と少ない地域の境界になっており、日本海側で多く見られる動植物と太平洋側で多く見られる動植物との境界になっている。それはまた、南限と北限の分布の動植物が混在する要因の1つになっている。
日本海側気候と太平洋側気候の間には、内陸性の気候帯が存在している。そのため、苗場山麓に太平洋側ではなく、内陸性気候に適応した動植物が入って来ると思われるが、内陸性気候には日本海側と太平洋側の植物が混在しており、
津南町では、段丘面と段丘崖の境目や溶岩流の台地と河岸段丘の段丘面の境目で水が湧き出しているところが多く見られる。特に苗場山の溶岩の先端部に多く、赤沢台地の端部には湧水を源とする池が多い。そのうちの1つである龍ヶ窪の池の湧水は、全国名水百選・新潟県「輝く名水」に選定されている。水年代を調べる方法でここの水を計測すると、約40年を経て湧き出しているという結果が出ている。龍ヶ窪の湧水は1年を通じて8℃~10℃の冷たい水が毎分18~30トンも湧き出している。
苗場山麓ではこうした溶岩台地先端の他にも、段丘崖から随所に水が湧き出している。さらに、和山や山伏山などでは、崖が崩れた部分からの湧水も見られる。これらは良質な冷たい水が多く湧き出していることが多い。これはとても重要なことであり、津南町の街中を流れる船津川流域には、日本固有種のバイカモやホトケドジョウといった清流でしか生息できない動植物が見られるのは、冷たく良質な湧水が豊富だからである。
しかし、近年全国的にため池や用水路を初めとした水辺に生息する植物の中で、絶滅の危機に瀕している種類が多くある。苗場山麓も例外ではなく、かつてはいたるところで見ることが出来たミズオオバコやヤナギスブタ、イチョウウキゴケ、イヌタヌキモなどは、人里の農耕地ではほとんど見ることが出来ない貴重な植物となった。こうした植物は、宅地開発やU字溝の設置、農薬の使用などの環境変化を強く受けやすいため、急激にその生息地を減少させている。現在は山間地のため池や廃村になって残された池沼にわずかに残るのみである。
参考・引用文献
加藤雅啓 2011 「日本の固有植物」加藤雅啓・海老原淳編『日本の固有植物』3-10 東海大学出版会
清水善和 2014 「日本列島における森林の成立過程と植生帯のとらえ方―東アジアの視点から」『地域学研究 第27号』19-75 駒澤大学応用地理研究所
苗場山麓ジオパーク振興協議会 2018 『雪のふる里 苗場山麓ジオパーク GUIDEBOOK』
栄村誌編纂委員会 2022 『長野県 栄村誌 自然編』 長野県下水内群栄村
門田裕一 2011 「固有植物の環境」加藤雅啓・海老原淳編『日本の固有植物』36-38 東海大出版会