第2展示室|縄文文化爛熟の時
< 縄文時代中期中葉 >
――― 至近距離で感じる、圧倒的な迫力と精神世界。
第2展示室では、信濃川流域の豊かな大自然の中で育まれた縄文時代中期(約5,000年前~)の縄文文化をご紹介しています。
津南町の堂平遺跡(どうだいらいせき)から出土した国指定重要文化財の火焔型土器(かえんがたどき)をはじめ、津南町で出土した土偶(どぐう)や石棒(せきぼう)など、縄文人の暮らしや精神世界を今に伝える重要な資料の数々をご覧いただけます。
新潟県中魚沼郡津南町堂平遺跡(どうだいらいせき)から出土した深鉢形土器(ふかばちがたどき)は、縄文時代を代表する「火焔型土器」「王冠型土器」である。この2点が、残存率の高さから国の重要文化財に指定され、共に国保有の有形文化財である。また、同遺跡から出土した別の火焔型土器は、現在イギリスのロンドンにある大英博物館に展示されている。土器表面の装飾技法は縄文時代の造形美、器面装飾法の極致を示し、美術・工芸的にもきわめて水準の高い資料であり、その学術的価値も高い。<文化庁 国指定文化財データベース 一部抜粋>
堂平遺跡(どうだいらいせき)は、信濃川に注ぎ込む中津川の右岸段丘上にあり、標高は 470mを測る。平成 8 年 5 月~9 月に国営総合農用地開発事業調査として 8960 平方メートルの発掘が行われ、縄文時代中期中葉から後葉を中心とする集落跡であることが判明した。竪穴住居跡は 60 棟を検出した。集落は南東側に土坑群(土を堀りくぼめてできた穴)、北西側に竪穴住居群が集中する形態をとる。本遺跡では推定径約 50mの環状列石(ストーンサークル)が見つかっており、それらは清津川など周辺の河川から石を運んで作られたと考えられる。また、出土している石棒は、七ツ釜の柱状節理の石から作られている。発掘調査後、一部が盛土保存され、現在は水田となっている。(令和 8 年4 月時点)<津南町文化財データベース 一部抜粋>
―――「なんだ、これは!」
国指定重要文化財|火焔型土器・王冠型土器
その造形美に迫る。
かつて芸術家の岡本太郎が「なんだ、これは!」と叫んだことで知られる火焔型土器は、今からおよそ5,000年前に出現し、その後100年ほど続いたといわれています。
「火焔」は通称であり、「水」や「流水」の意味を考える研究者もいます。通常の縄文土器はその名の如く、土器に縄目の文様が付いているのに対し、火焔型土器にはそれらが見られません。代わって、粘土をひも状にして土器の表面に貼り付け、渦巻き状の文様を描いています。また、王冠型土器(おうかんがたどき)は、台形状の把手が4つ巡る形態が王冠に似ていることから、「王冠」と付けられました。
形だけでなく、それぞれの土器にはある特徴的な規則性があることが研究で分かってきています。総合展示室の「土器の文様の変遷」の展示では、土器の文様についても詳しく解説しています。
ここでは多くの埋蔵物をガラス越しではなく至近距離でご覧いただけます。細やかな文様の様子だけでなく、縄文人が実際に煮炊きをした形跡も確認することができます。ぜひいろいろな角度から観察してみてください。
- 展示品に触れたり、持ち上げることはご遠慮いただいております。
- 1階コミュニティスペースにて、「本物の土器に触れるコーナー」を設置しております。
―――見つめるほどに、深まる謎。
いったい何のために、
どのようにして使われていたのか―――?
埋蔵物をじっと眺めていると、私たち現代人が当たり前のように考えている「合理性」や「利便性」とはまったく違う価値観と精神性に触れることができるかもしれません。
遥か昔にこれほど複雑な造形を作り上げた縄文人のエネルギーと、その思いを感じ
てみてはいかがでしょうか。
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