苗場山麓が位置する地域には、現在のところ、古墳は確認されていない。
古墳時代の集落も確認されておらず、古墳時代の土器がわずかに出土している。下流の十日町市では、古墳時代の集落(馬場上遺跡)が確認されているが、古墳は確認されていない。
さらに視野を広げると、千曲・信濃川の上流域の信州には古墳が造営されている。また、信濃川の下流の沿岸部にも古墳は造営されている。そして、信濃川の支流である魚野川沿いにも古墳が造営されており、苗場山麓の周辺では古墳が造営され、古墳時代の活動があったことは確かである。
古墳時代の遺跡の分布の傾向としては、弥生時代の遺跡分布と重なる傾向がある。弥生時代の遺跡も少ない本地域では、古墳時代の遺跡も少ないと考えられる。これは事実であるが、時代の継続時間の差を見ると分かる。旧石器時代は、およそ3万年前(国内最高は4万2000年前の遺跡が確認されている)から1万6000年前まででおよそ1万4000年間、縄文時代は、およそ1万6000年前~2300年前まで1万4000年間もの長い間続いた時代であり、狩猟採集の時代であった。農耕が始まる弥生時代は、2300年前~1700年前の600年間、古墳造営が行われる古墳時代、252-592年の340年間、そして、飛鳥時代592-710年の120年間、奈良時代710-794年の80年間、平安時代794-1185年の391年間で古代は、およそ600年間と、縄文時代に比べるとはるかに短い期間となっている。旧石器時代が1万4000年間、縄文時代が1万4000年間、弥生時代から古墳時代が900年間、古代が600年間と15倍以上の時間の差があり、遺跡数などの痕跡にも差が生じている。
この要因としては、弥生文化や古墳文化の流入が、日本海側の沿岸と太平洋側の沿岸部から伝わってくるという傾向が考えられる。信州は、太平洋側から信濃川の下流域は日本海側から伝わってくる。魚野川流域では、群馬など関東地方から伝わってことが明らかになっている。この点から、苗場山麓は、千曲・信濃川流域に位置しながらも日本海、太平洋の沿岸部から遠いことや、多雪環境が影響している可能性がある。
ただ、本地域の調査は、悉皆的に行われてはおらず、未だに、地中に埋まっている可能性もある。今後の開発などのよる発掘調査で発見される可能性が期待される。