仏教の伝来は、飛鳥時代に遡る。当初は、貴族階級において信仰されていたが、中世になると、武士階級に仏教が広がり、地方へと広がっていった。平和な江戸時代には各集落にお堂やお寺が作られはじめ、さらに広がり、現在では各集落にお堂などが分布している。
苗場山麓は、渓谷などで地形的に閉鎖され、火山活動による地形や湧水など多様な地形がみられる。当時の人は、神秘的な場所を感じたと考えられる。見玉不動尊が建立された見玉や太田新田では、笹葉峰の崩壊により、苗場山起源の巨礫が多く点在する。見玉不動尊の境内では、この大岩の隙間から水が湧き出ている。また、巨石の下にお社が建立されている場所もある。太田新田地域の杉林の中には、シシ岩と呼ばれる巨石があり、その近くの「ちょぼいち穴」には、修験道の修行をしたとされる線刻礫が残されている。また、苗場火山や鳥甲山火山の溶岩は柱状節理となっており、この石材を利用した石造物や建築材としても利用され、お堂の階段などにもみることができる。
苗場山麓地域に点在する吉祥寺や善玖院には、平安時代末期から中世のものと伝わる仏像や鰐口があり、当時からこの地に仏教が伝わり信仰されていたと考えられる。これは、武士階級の台頭とこの地への流入なども考えられる。
シシ岩と呼ばれる巨石
馬龍窟内部と池田先生
シシ岩の線刻礫