沖ノ原台地の山城 ー戦国時代ー

 沖ノ原台地は、およそ20万年前に陸地化した河岸段丘上に位置し、標高はおよそ450m、信濃川との比高は、およそ170~200mである。このような地形を利用して、段丘の先端に山城が作られている。代表的なのが赤沢城跡と今井城跡である。
 赤沢城跡は、中魚沼郡津南町大字赤沢字下城にある沖ノ原台地の河岸段丘の北辺の崖端にある。下を流れる信濃川までの標高差は約200mある。発掘調査は約3万㎡で圃場整備のために行われた。結果、37軒の建物跡や堀、虎口が確認され、15世紀(1,400年代)の初めから16世紀(1,500年代)の初頭に作られたと考えられる貿易陶磁、瀬戸美濃焼、珠洲焼、カワラケ、金属製品などが出土した。
 今井城は中魚沼郡津南町大字上郷大井平にある中津川の左岸、段丘面(米原Ⅱ面)突端に築かれた中世の城跡である。源平時代の木曽義仲の臣下、今井兼平の城と伝えられるが、戦国時代に上杉氏の番城として戦国末まで使用されたとされる。空堀や主郭・二の郭、畝状縦堀、橋台、土塁が現在も残っている。大掛かりな土木作業が行われ、作り変えが行われていたと考えられる。主郭と二の郭の間の空堀も、二の郭側に段差があり、障子堀状になっている部分が空堀を拡張した可能性が考えられている。要因としては、鉄砲の伝来による対応と考えられる。
 このように、沖ノ原台地には、段丘の先端を利用した山城が点在し、段丘面には館があったと考えられる。
赤沢城・今井城の遺物から見る年代
参考文献

青木利文ほか 2016 『赤沢城跡―県営中山間地域総合整備事業に伴う発掘調査報告書―』津南町教育委員会
渡辺裕之ほか 2021 「第1回新潟県考古学講演会パネルディスカッション 山城から見た戦国時代」『津南学 vol.10』 津南町教育委員会