フラスコ状土坑にどのように木の実を貯蔵していたか?

 縄文時代の遺跡からは、フラスコ状土坑と呼ばれる、縄文人が掘った穴が見つかる。
 これは、理科実験に使うフラスコの形に類似していることから、このように呼ばれる。
 ただ、下にまっすぐ堀込んだのではなく、地中が入り口部分よりも広げて掘っていることから、何らかの意味や機能を有していると考えられる。
 民俗事例において、土中に木の実を保存する事例があることから、このフラスコ状土坑の用途としては、木の実などの貯蔵のための土坑と考えられている。
 しかし、フラスコ状土坑から木の実などの資料が出土した事例は、津南町において確認されていない。また、堂平遺跡のフラスコ状土坑からは、たくさんの土器が出土している。これらも貯蔵のために土器が使われたのか、使用しなくなったフラスコ状土坑に廃棄したのか検討が必要であるが、現状では廃棄と考えられている。
 また、沖ノ原遺跡では、フラスコ状土坑の底から、土製耳飾りが2点と抱き石と考えられる石が出土した。これは、フラスコ状土坑が、墓坑に再利用されたと考えられるものである。
 秋に採取した木の実をフラスコ状土坑に貯蔵したと想定した場合、どのように貯蔵していたのか。雪が多く降り積もる本地域において、冬季に取り出すことは困難であり、竪穴住居内に貯蔵した方が合理的である。仮にフラスコ状土坑が木の実の貯蔵目的として構築された場合、秋に採取した木の実を雪の下に保存し、雪解け後、春以降に次の実りの秋が来るまでに貯蔵し、利用していた可能性が考えられる。
 酸性土壌のため、有機質の遺物が残りにくいという条件のために、木の実を貯蔵していたかどうかを明らかにすることは困難を極める。
沖ノ原遺跡のフラスコ状土坑 (土製耳飾りと抱き石)
沖ノ原遺跡のフラスコ状土坑から出土した土製耳飾り 出土状況