縄文土器の文様変遷史

 縄文時代は、草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6つの時期に区分されている。近年の放射性炭素年代測定法によって、草創期の年代は約16,000年前に遡るとされ、早期(約11,600~7,000年前)、前期(約7,000~5,500年前)、中期(約5,500~4,500年前)、後期(約4,500~3,300年前)、晩期(約3,300~2,500年前)と推定されている。このように縄文時代は約16,000年前には成立していたと考えられ、約1万4千年に亘って、土器を利用していたと考えられている。
縄文時代の土器の器面には、縄目の文様が付いている。このような土器が大正時代に発見されると、当初は編み物を土器器面に押し当てたと考えられていた。しかし、研究が進むにつれて、縄を転がすことで縄目の文様が器面に付くことを山内清男が発見した。この縄目の文様を「縄文」、その元となる縄のことを「縄文原体」と呼んだ。考古学の世界では、土器に付けられた模様のことを「文様(もんよう)」と呼ぶが、「文様」はいつからあったのだろうか。
草創期の縄文原体
「縄文土器」は、文様の「縄文」(縄目)がその名前の由来である。そして、縄文土器が用いられる時代を「縄文時代」と呼んでいる。しかし、全ての縄文土器に、必ずしも縄文(縄目の文様)が付いているわけではない。草創期初期(1期~2期)の土器には、縄目がほとんど用いられていない。縄目を持つ土器は、草創期でもやや遅れて、隆起線文系土器の次の段階(4~6期)に発達した。
 この「土器胎動」の時代である草創期は当初、縄文原体を回転ではなく、押し付けることで縄目を表現していた。この押し付ける手法を「押圧手法」と呼び、この手法で表現される土器を「押圧縄文系土器」と呼ぶ。
小林達雄は、これら押圧縄文系土器のなどの草創期の文様イメージが、編み籠を模倣したものと推測する。
 まず、理由として、草創期の土器は「円形丸底土器」と「方形平底土器」の2形式の存在が重要であり、「そこに縄文土器の由来がおおきくかかわっている」と説明する。
 つづけて「方形平底土器の形態をバランスよく作るのは、なかなか容易なことではない」とし、「円形丸底土器の場合、丸底の中心を見通しながら口縁を正円に作り、全体のバランスを保つのは造作もない」という。そして、あえて「成形に困難な方形平底土器を作っているのは注意すべきこと」であり、「相当困難な形態を作っていることには、特別な事情があったとみなくてはならないであろう」と指摘している。つまり、「粘土を用いてはじめて容器を形づくろうとしたとき、すでに保有していた容器の形をそのまま踏襲した」可能性を述べている。すなわち、「編籠や樹皮籠のかたち」をイメージして模倣、「実現することが必然のなりゆきであった」だろうと小林達雄は考えるのである。そして、草創期の土器の生成に関わって、中でも重要なことは、容器の形だけでなく、それらに付けられた編籠の編目や縁のかがり、樹皮籠のかがり孔を連想させる文様や装飾があると指摘する。器面を「飾る文様も容器のイメージから写し取った」のであろう。
縄文時代草創期の土器変遷
参考文献

小林達雄 1988 「縄文土器の文様」『縄文土器大観 2 中期Ⅱ』 小学館
佐藤信之・長澤展生ほか 2024 「苗場山麓の土器文様―縄文土器の文様変遷史―」 津南町教育委員会