鈴木牧之は、幼き頃から父牧水の影響を受け、それを契機に漢文や挿絵構図を学んだ。牧之の俳号も、父垣右衛門の俳号である牧水から一字を貰い名乗り出た。牧水が残した「張交屏風国所姓名帖」を観るならば、約200人もの全国各地の文化風流人と牧水が交流を深めていたことを知る。おそらく日々、越山した客人が訪れ、夜長に話すよもやま話を聞いて牧之は育ったと推測される。また、知人の家で見た『写宝袋』という画報に描かれていた「日本や中国の人物や動物」に感動した11歳の牧之がいた。
このような背景で牧之は、好奇心旺盛で繊細な観察力を持つ素養を身に付け、19歳の時に、初めて三国峠から上毛の山並みを眺望し、利根川沿いに三国街道を歩き、江戸に至り、江戸の文化に触れ『東遊記行』を綴っている。
この牧之に興味を覚えた皆様は、南魚沼市の鈴木牧之記念館に足を運び、牧之の生家がある塩澤宿をじっくりと歩いていただければ、格別な「学ぶ旅」を約束してくれるはずである。


