中津川地域の河岸段丘の形成

 津南町の河岸段丘は、信濃川と支流の中津川によってつくられた。段丘面の境が杉林のため、上空から中津川右岸を見ると、くっきりと河岸段丘を確認することができる。
 ここで見られる河岸段丘はどのようにして形成されたのだろうか。約40万年かけてできたとされるが、その過程をみることはできない。従って、河岸段丘ができ方については、推定するしかないが、時間空間を凝縮した形で、モデル実験や大地のゆっくりとした変動を勘案して、いくつかの河岸段丘形成のシナリオが出されている。
モデル1 大地の隆起あるいは気候変動による海水面の変動
①大規模な氾濫原(扇状地)ができる
 約40万年前、谷上段丘面の西側を流れていた中津川が流路を東西に蛇行し、洪水時大量の砂礫を運び、広い氾濫原をつくる。
②苗場火山の溶岩が流れ出す
 約30万年前、苗場山麓で火山活動がはじまった。谷上段丘面に大量の溶岩を流し、中津川を埋めた。溶岩流の厚さは、50m以上にもなり沖ノ原の龍ヶ窪付近まで流れた。
③中津川による下刻作用が進む
 陸地の隆起や川の下方侵食(水流で川底の侵食)が進む。米原段丘面に黒姫山や飯網山・妙高山などの火山灰が、偏西風に乗って大量に飛来し降り積もった。そして、大地が隆起し、朴ノ木坂段丘面などができた。
④現在のような河岸段丘の形成
 地球規模で起こった氷期と間氷期による海水面変動や、大地の隆起と中津川や信濃川による侵食により段丘面がつくられ、結果として11面に及ぶ河岸段丘がつくられた。
モデル2 気候変動に影響されて段丘が形成されたとする考え方
 地球の気候は、過去260万年間、長い氷期(寒冷期)と比較的短い間氷期(温暖期)とを10万~数10万年おきに繰り返してきた。この地域は、そのうち過去40万年間の歴史で川がつくった地形・地質に残されている貴重なところである。
 ①③は、氷期で降水が少なかった時代で、森がなく、土砂の流下が多く、下流に扇状地をつくる。②は、間氷期で、温暖多雨の時代。川は、洪水で底を深く彫り込む。大地の隆起もからみ、①~③が繰り返され、何段もの段丘ができた。
モデル3 教科書や理科資料で取り上げられている河岸段丘のでき方
① 河川のはん濫により、谷底に平地ができる。
② 土地の隆起などで谷底の平地が侵食されて、階段状の地形ができる。
③ さらに、隆起などが起こり、河川の侵食が進み、新しい段丘ができる。古い段丘地形は新しいものより高いところに残る。
 地球上では、地球の軌道の変化、自転軸の傾き(約4.1万年周期)、歳差運動(約2.6万年周期)などが複合的に影響し、北半球高緯度での夏の太陽エネルギー量が変動し、約10万年周期で氷期・間氷期が繰り返されている。現在は、間氷期中である。今後氷期に向かうといわれるが、温暖化の傾向が続いており、氷期が遅れているという。
 また、苗場山麓の信濃川右岸には、広大な河岸段丘が発達している。よくみると、信濃川の両側に段丘地形が発達しているというより支流の中津川右岸に発達している。中津川のはたらきが大きくなっている。
 また、河岸段丘は、一般的に流れる川に対して、ほぼ対称にできると説明されている。ところが、苗場山麓で見られる河岸段丘は、中津川の右岸にすくなくとも5段を超える段丘が発達している。津南に繰り広げられている9~11段もの段丘の数を説明するには、まだ検討の余地がある。
参考文献

国土交通省HP 「山から海へ川がつくる地形 中流部の地形」
嵐山町WEB博物誌 2012
苗場山麓ジオパーク振興協議会 2022 『苗場山麓ジオパーク GUIDBOOK』