人類文化はどこまで遡るのか

 芹沢長介は、石澤寅二から米原遺跡を案内受け、米原の高位段丘を踏査したことを話して頂いたことがあった。その際に、遺物観察と大地踏査を記録した野帖を見せて頂いた。そこには、斜軸尖頭器のスケッチがあったことを鮮明に記憶している。
 中村由克は、津南町史をたよりに、再度自らが米原遺跡出土の石器群を津南町歴史民俗資料館で実見し、その観察所見を実測図として記録した。その結果「約3~5万年前の新潟県最古の石器群」として評価した。中村は石器の剥離技術や形態分析から評価を定めた。しかし、出土層位が明確でないことが学術的に不鮮明である。また、地元の考古学研究者である小野塚永治は、米原遺跡近傍をくまなく丹念に踏査した結果、米原西遺跡を発見した。採集した石器は、フランス旧石器研究の基礎を学んだ竹岡俊樹から鑑定頂き、その結果を学術雑誌に発表し、「剥離痕の様子からみて後期旧石器時代以前の所産である可能性が強いと考える」と評価した。この石器も出土記録(層位・写真)がないことが悔やまれる。
 苗場山麓に広く残された、高位段丘面の谷頭付近に堆積している大山倉吉火山灰層や、阿蘇4火山灰層などとの上下関係を示す記録と共に石器群が発見されることを期待して、探求活動は今日も続けられている。




参考文献

津南町史編纂委員会 1984年 『津南町史 史料編 上巻』