1.『『秋山記行』にみる建物の作りと縄文
縄文時代は、土器を発明し、定住的な生活が始まり、竪穴住居を作った。中央に炉を配し、柱は沖ノ原遺跡の事例ではクリ、ブナ、ナラの木などが利用されていたことが明らかとなっている。上屋構造は不明であるが茅葺や土葺き、あるいは笹竹であったと考えられる。


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『秋山記行』では、当時の建物の様子も描かれていて、類似する家屋は小赤沢集落の保存民家や、上野原集落から大阪民家園に移築された山田家住宅を見ることができる。毎年およそ3mの積雪を誇る多雪地域のため、雪に対応した独特な作りである。山田家住宅を見てみると、雪国特有の中門造りの建物で、ニワにクドが配置され、土間には火を焚く囲炉裏がある。
特徴的なのは掘立柱によって作られていることである。これは『秋山記行』に書かれている通り、縄文時代の竪穴住居から繋がる、穴を掘りその穴に木の柱を立てる方法で作られた家が現存しており大変珍しい。
『秋山記行』に描かれた建物は、茅葺き屋根で、壁も茅が葺かれている様子が描かれている。建物の内部については、小赤沢村の福原家の様子を描いている。大きな囲炉裏の中に、長い木材がはみ出すように置かれている。そして、人がその囲炉裏の縁に座っている様子もあり、その大きさに驚かされる。囲炉裏の上には、クド(火棚)が描かれ、その上に粟や稗が大量にのせられている様子が見て取れる。そして、板敷きの上にはムシロが敷かれ、当時の膳椀や曲げ物、木鉢、臼、キネなどの木製の道具や鉄鍋、ナタ、斧、カマス、俵も描かれ、その利用を見ることができまる。上野原の保存民家でも茅壁であり、土間の上に干した茅が敷かれ、その上にムシロを敷いて再現している。


(『秋山記行』野島出版より)
現代でも、雪国ならではの屋根の形や柱の位置と太さ、暖房器具の配置など雪に適応した住居が作られている。『秋山記行』に記された建物と現代の建物を比べると、先人の知恵を上手に活用しながら現代に受継がれており、学び残していくことが必要と考えられる。

