1.山内清男と研究
山内清男は1902(明治35)年に東京で生まれ、1970(昭和45)年に逝去された。東北大学副手・東京大学講師・成城大学教授を歴任した。東北・関東地方の貝塚遺跡を発掘し、堆積した地層単位に出土土器を取り上げ、その成果を背景に精緻な層位学的分析を踏まえた土器型式学研究を進め、全国を網羅する縄文土器編年を整備した。この成果から、「日本考古学の父」「縄文学の父」と呼ばれている。
縄文土器の縄目文様がどのようにつけられたかという疑問に対して、縄文原体の回転施文によるものであることを突き止め、さらに数多くの施文原体を体系的に整備した。また、氏は「文様系統論」を提唱し、土器変遷の階梯を理論的に説明した。さらに、縄文時代は早期・前期・中期・後期・晩期の5時期区分であったが、当時、最古であった押型文土器よりも古い土器群が発見されたことから、押型文土器より古い時期を独創的に「草創期」と呼んで整備することで縄文時代6時期区分が完成した。すなわち、山内編年の草創期は、撚糸文系土器を含むが、小林達雄編年では撚糸文系土器以前の土器群を草創期に入れ込んでいる。したがって、縄文時代6時期区分は、山内編年と小林編年が存在する。津南町埋蔵文化財センターは、小林編年に従って、遺物の分類と説明がなされている。
山内清男の研究は、1967~72『山内清男先史考古学論文集』全16冊、1974『日本考古学選集21・山内清男』築地書館、2021『山内清男の考古学』早稲田大学に掲載されている。
山内清男
2.研究室の復元
このたび山内家のご理解とご協力により、自宅で保管されていた書類ケース・カード棚や文房具・火焔土器模造品(中村孝三郎からの贈り物)などを寄贈いただき、その一部を展示している。また、千葉大学に保管されていた本ノ木遺跡発掘資料が納められていた木製魚箱(チュークで分類記号が書かれている)や木製キャビネットを移管いただき、その一部を展示している。さらに、独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所・早稲田大学會津八一記念博物館に所蔵された山内文庫の撮影(背表誌)を許可いただき、それを利用した書籍棚のイメージ展示を行った。
展示してある縄原体は、山内先生から指導を受けた塚田光が作成したと伝えられている資料であり、山内自体の撚った縄原体は、独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所に保存されている。
これら山内清男に関わる書籍や物品は、寄贈先で下記の目録が刊行されている。
机の上には、火焔型土器の模造品やクリップ、ペーパーウェイト、ルーペ、秤、ピンセット、ディバイダー、ノギス、えんぴつ、穴あけ機、マコなどが収まれており、山内清男が愛用した文房具類を展示した。
山内清男の文房具類
参考文献
佐藤雅一ほか 2017 『本ノ木-調査・研究の歩みと60年目の視点-』 津南町教育委員会
谷川遼ほか 2021 『山内清男の考古学』 早稲田大学會津八一記念博物館