各展示物詳細– category –
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民俗
飢える -飢饉と救援-
江戸時代には、長雨で農作物の不作、凶作に繋がる。これらは、浅間山などの火山活動や地震災害の影響もある。特に、1722(享保7)には、秋山で凶作となっている。 長野県浅間山が天明三年(1783)5月から8月に掛けて、4回の休止を挟み6回の噴火活動が... -
民俗
住む -雪国の住居-
1.『『秋山記行』にみる建物の作りと縄文 縄文時代は、土器を発明し、定住的な生活が始まり、竪穴住居を作った。中央に炉を配し、柱は全国的にはクリ材が使われることが多い。沖ノ原遺跡ではクリ、ブナ、ナラの炭化物が確認されている。上屋構造は不明で... -
民俗
交わる -深山の秋山郷-
人里離れた深山の秋山郷は、里と隔絶された秘境の地というイメージがつくられた。これは昭和30~40年代の観光キャンペーン戦略で「秘境」とされ、定着した昭和時代に作られた幻影である。また、牧之も「秋山の女性は里に行かない」などと誇張したことも... -
民俗
暮らす -深山の営み-
牧之によって、小赤沢村の福原市右衛門宅の広い座敷の様子が錦絵で描き残されている。驚くのは、五尺四方の大きな囲炉裏縁の存在であり、そのまわりに座る大人たちの数と炉底へ足を放り出している様子から、意外に深い囲炉裏であった。この大きな囲炉裏... -
民俗
刻む -山里の芸術-
苗場山麓の大地こそが芸術である。その風土に建造された神社の彫刻は素晴らしいが、江戸時代の山里に住む民衆が描いた格天井の錦絵も感嘆の一言である。天井を向いて、大の字に寝て鑑賞する錦絵格天井は、江戸時代の美術館である。しかしながら、この研... -
民俗
自然に生きる -古からの知と力-
苗場山麓の山里に残る生きる力は、豪雪の中で耐えしのぎ、支え合いの中から生まれたものである。現代日本から消え去ったとも言われている「コミュニズム」の原点が、雪深い苗場山麓に生き付く。 それは古の縄文時代に培われた自然との共生と共鳴なる「... -
考古学古代
土器の移動と人々の交流
土器づくりには、技術が必要であり、文様には意味がある。同じ文様を持つ土器には共通の技術や意味を共有する1つのまとまりと考えることができる。大きく言えば、同じような文様の土器が出土する遺跡(集落)は、共通の文化をもつ集団として捉えられる。... -
考古学古墳時代
古墳造営のない苗場山麓
苗場山麓が位置する地域には、現在のところ、古墳は確認されていない。古墳時代の集落も確認されておらず、古墳時代の土器がわずかに出土している。下流の十日町市では、古墳時代の集落(馬場上遺跡)が確認されているが、古墳は確認されていない。さらに... -
考古学弥生時代
苗場山麓の山棲みの弥生人
苗場山麓では、3万年前の旧石器時代の遺跡から、縄文時代まで多くの遺跡が点在している。そして、稲作が導入される弥生時代になると遺跡が少なくなり、その痕跡もわずかである。弥生時代の遺跡を見ると、円形であった竪穴住居は、方形になり、土器も文様... -
考古学旧石器時代
人類文化はどこまで遡るのか
芹沢長介は、石澤寅二から米原遺跡を案内受け、米原の高位段丘を踏査したことを話して頂いたことがあった。その際に、遺物観察と大地踏査を記録した野帖を見せて頂いた。そこには、斜軸尖頭器のスケッチがあったことを鮮明に記憶している。 中村由克は... -
考古学旧石器時代
打ち割りによって石器を作る
土器の製作は、粘土を付け足していく加法であるのに対して、石器は、石材を割減らす、すり減らすといった減法によって作られる。 さらに、天然の石材をそのまま用いるため、同一の石材であっても石質に差があり、土器制作よりも石器製作には技術的制約... -
考古学旧石器時代
旧石器時代の活動範囲と道具
土器の無い旧石器時代は、約3万年前から約1万6千年頃までの寒冷気候の中にあった。旧石器時代の人々は、約1万4千年もの長い時間、狩猟採集で食料を獲得し、生や蒸す、焼くなどの料理加工することで食生活を維持してきた。寒冷な気候では、縄文時代のよう...

